クリエイターについての一考察

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よっ!元気か?

自分は副業で憎悪クリエイターをしている者だ。

具体的にはWEB、紙雑誌でライティングの仕事、たまに版下記事を丸っと任せてもらい、DTPの真似事や簡単なデザイン関係の仕事もしている。

簡単に言うと、記事ライターというものだ。特定されないよう文体を変えているので、文章に変なところがあっても容赦してほしい。(金を取るわけでもない文だし)

だと認識してもらえれば大丈夫だ。

憎悪クリエイターって何だろうと思われるだろうが、先日某所で見かけた単語がいいなと思ったので使わせてもらった。

簡単に言うと、今回タイトル文に使った「遊郭編のタイトル炎上」だとか、「LGBT問題」だとか、「男女差別問題」だとか、「政治屋への批判」だとか、ジャンルを問わず、『分断と憎しみを煽る記事』を作っている。

ちょっとジャンキーな言い換えをすると、「レスバトルの火種になる記事」のクリエイターだ。人と人の憎しみを増幅させることで昼飯を食べている。

私を含めた、そういう人たちのことを、私は勝手に憎悪クリエイターと定義させてもらった。

(まあ、皆様なんとなく、我々の存在を感じ取っていたとは思うが…)

あなたがイラっとした記事や、ジェンダー問題や環境問題とか、正解がないのにも関わらずSNS上での議論が紛糾した問題を思い浮かべてほしい。

ああいうのを煽っているのが我々だ。

簡単に言うと、情報をある程度恣意的に切り取り、意図的にSNSで炎上するように仕向けた記事をたくさん書いて出荷している。

何故憎悪クリエイターになったのか

人の憎しみを煽るのが楽しいから…ではない。

その方が金がいいから…ではない。

広告代理店に指示されたから…ではない。

己の政治主張を通すため…でもない。

私は元々、ペットのお役立ち情報とか、ネコやインコの記事をメインに書くためにこの副業を始めた。

しかし、いつの間にかネコちゃんやインコが可愛い!という記事よりも、

「アイツがやらかした」だとか「こういう差別が問題になっている!」という記事の方の仕事をいただくことが多くなり、段々そちらがメインになった。

以上だ。

要するに、「需要が多かったから」だ。

私は過去、妊婦の問題や貧困問題なんかを、さぞ苦しんでいる人々がいるように書いた。

しかしながら私自身は子育てに苦しんでいる人を救済したいとかないし、逆に苦しめばいいとも思わない。

「AT運転はダサいという声が」といった記事を書けば、勝手にSNSで議論になって盛り上がる、と言えばわかりやすいだろう。

炎上したら、しめたものだ。閲覧数の多い記事が書ければ、次の仕事につながるからだ。

あと、謝る。

遊郭編についての記事は書いていない。単に興味がある人が多いだろうから適当に使わせてもらっただけだ。悪しからず。

まあ遊郭編についても同じことだ。自分もああいうタイプの記事を作る。動機は需要があるからだ。

元の漫画だとか、子供の教育をこうしたい、とかはない。結果は求めていない。

ただ燃えることは求めている。

例えば我々憎悪クリエイターが「ネトウヨやブサヨのここがおかしい!」などという記事を書いたとして、実際に政治主張が左向きや右向きかと言われると違う。

憎悪クリエイターの仕組み

第一目標「閲覧数を増やす」→ここで金を産む

第二目標「他人にリアクションさせる」

これが我々の目的になる。

つまり、閲覧数そのものが目的なのだ。どんな記事だろうと、読んでもらえなければ意味がない。

誤解されることが多いのだが、第一目標は読まれることだ。

別に炎上の結果企業が叩かれようが、世界が正しい方向に向かおうが、政治家が引退しようが、関係ない。

炎上を目指すのは、炎上すると閲覧数が増えるからだ。

偏った報道をして、報道サイドが叩かれるのも思惑の通りだ。

人が記事を引用してリアクションすると、勝手に拡散してくれて結果的に第一目標の「閲覧数を増やす」というのが達成される確率が高い。

それだけの話だ。リアクションの内容はどうでもいい。賛同でも、否定でもいい。

では何故、「憎悪クリエイト」が多く行われるのか?需要があるからだ。

win-winなのだ。

どうせ、多くの人は記事の中身まで読まない。勝手にタイトルから「こういうことを言おう!」と決めてくれる。

最初の方と最後の一文だけ読む人はまだマシな部類だ。

不快感とか罪悪感はないのか?

ある。

憎悪クリエイトを行う時に重要なのは、「何が嫌なのか理解すること」だ。

だからこそ私のような人間は多くのコミュニティに参加している。

漫画だのアニメだのゲームだの作品の感想を楽しく言う場所だとか、ガールズがちゃんねるして


いる場所だとか、他にも海外の掲示板だとか。一例だが。

皆様が何を楽しみ、何にイラっとするのか。わからないと正しく憎しみを煽れないので、ちゃんとコミュニティに合わせた感性を忘れないようにしている。

我々が皆様にわざと勘違いさせていることなのだが、メディアはあなたたちユーザーと同じようにメディアを閲覧することができ、同じ感情を持つことができる。

だからこそ、世界から憎悪クリエイターはなくならないのだ。

何が好きなのかわからないと、その好きなものをけなせない。勘所がわからないのだ。

論理を破綻させ、倫理を捻じ曲げる。上手くそれをやることが憎悪クリエイターの腕の見せ所だ。

一般的な感性というものはとても大事にしている。

憎悪クリエイターに利用されないためにはどうしたらいいのか?

・最強のA案

「見ない、反応しない」

これが答えだ。

憎悪を煽るような記事は見ない、そして「取り上げている対象」を叩かない、「記事そのもの」も叩かない。

対象が悪だろうが正義だろうが関係ない。

例えば森氏の失言問題においては、森氏の記事そのものを見ない、森氏の家族を陰湿に叩くメディアを見ないということだ。

あなたたちが見た時点で我々の実績になる。アクセス数が伸びれば、当然ながら同じような記事を書く。

メディアは人の心がないから加害者の家族を追うのではなく、人の心がわかるからこそ加害者の家族を追跡するのだということを認識するべきだ。

政治は税金が絡むので市民が監視者になる必要があるというお題目がありますが、そういうお題目を最大限利用するのが我々憎悪クリエイターだ。政治だろうが芸能だろうが教育だろうが、同じことだ。

閲覧とリアクション。それを得られるならば、できることはやる。

例えば児童が読むものに遊郭編とつけるのはいかがなものか、とか。

火種の意見がなければ作る。

倫理や正義、正しさなどというものは我々にとって利用価値の高い道具だ。

とはいえ、皆様には何かを叩く権利がある。義務ではないが。

犯罪行為や反倫理的行為を叩く行為は、運営や警察がカバーしきれないネットワークにおいては必要な暴力機能だろう。

・B案「好感度の高いものを叩く」

まあ例えば売り出し中の役者や漫画やアニメでも。

100日後に死ぬ爬虫類の叩きについては、某社のアレとかでご理解されているように、我々職業的な憎悪クリエイターからは離れた案件になる。

つまり、「感情面と経済的合理性から叩く意味がないもの」を叩く行為を行えば、それは我々憎悪クリエイターの手から離れた叩き行為だ。

ネット上でものすごく愛されているものを叩いてみてはどうだろうか?

利害関係的に誰もが損をする。そういう対象を叩けば、最初のうちは我々の意表をつく行為だ。叩く対象が何でもよいのであれば、そちらを推奨する。

憎悪クリエイターの利用者は多くの場合、怒りをぶつける相手が欲しいだけだ。

憎悪そのものが目的であり、その結果としての改善を望んでいる人などほとんどいない。

手段はとっくに目的化しているのだから、良いと思うのだが。

この記事は何を伝えたかったのか?

あなたたちが議論している「すぐに解決しない問題」は我々の昼飯代程度の金のために作られた問題だということだ。

色んな記事を書いてきた。

女性差別をなくそうという記事、フェミニストがうざいという記事、ヴィーガンになろうという記事、ヴィーガンがうざいという記事、ナチスは正しいという記事、ナチスにならないためにはどうしたらいいのかという記事。

アニメや漫画の規制を促す記事、漫画やアニメーターの保護を訴える記事、弱者を守るための記事、弱者を利用する記事。

全て、憎悪を煽るためだ。憎悪は構造上、金を産みやすいのだ。

巨悪がいて、情報を統制している、などというファンタジー世界は存在しない。

あなたたちの需要に応え、我々憎悪クリエイターによって安い金で作られているのがあなたたちが社会問題や命題だと思っていることだ。

(あ、でも某広告代理店が「年金受給者」と「若者」の対立を煽ろうとしていたのはガチだ。長期目的は知らないが、かなりの予算が動いていた)

何故憎悪クリエイターが生まれるのか?需要があるからだ。あなたたちが我々を産んでいるのだ。

あなたたちが自分のスタンスやポリシーに理解がない人間を叩くことを常に望んでいる。

論理の破綻を見つけるのが嬉しくてたまらない、知識をひけらかしたくてたまらないのがあなたたちだ。

我々を消す方法は、「見ない、反応しない」だ。そして皆様にそれができないのは、我々が一番知っている。

私は、少し疲れた。私の言いたいことが皆様に伝わり、この記事が誰にもリアクションされず、誰にも見られなければ私の勝利だろう。

しかし、私はきっと勝てないだろう。